明延鉱山

  • 2019.10.12 Saturday
  • 10:58

 先日、兵庫県北部の明延鉱山(日本遺産)に行きました。

明延鉱山とは日本一のスズ鉱山でした。http://www.akenobe-kozan.com/

 

 中国縦貫、播但道を進みながら・・・

ああ日本は山が多いなあと実感。ポーランドでは広い平野、麦畑の中を車で走っていたので、改めて日本は山国だと感じました。

ポーランドから帰国して、見え方が違うようになったのは良い収穫です。

 

 

 

 夫が、左のとがった山を見てピラミッドみたいだと喜んでいました。

対面通行の播但道を進みます。

 

 

 

緑の木々の間を走り抜けると

 

 

 

 明延鉱山付近に到着。

一円電車祭りというのをやっていました。

若いころにフォークソングを唄っていたらしいおじ様たちが郷土についての歌を唄っていました。

 

 

 

演歌歌手もいました。

 

 

 

ここは姫路港から続く銀の馬車道と鉱石の道の途中らしいです。

 

 

展示施設に一円電車の模型ジオラマがありました。よくできています。

 

 

 

 鉱山にトロッコ列車はつきもの。採掘した鉱石を運ばなければならないからです。

当時の本物のトロッコも展示。二十世紀初頭からのものですが、ちゃんと電化されています。

 

 

 さて、いよいよ鉱山を見に行きます。

入園料を支払い、ヘルメットをかぶります。昨年「生野銀山」行った時は、ヘルメットもかぶらなかったし、自由に坑内を見学できましたが、明延鉱山は案内人と一緒に回ります。

 

 

 

養父市のバスで鉱山入口へ行きます。

 

 

五分ほど乗ると、探検坑道の入り口に着きます。

 

 

 

案内人に連れられて坑内へ入ります。中はそれほど寒くありません。

 

 

 

 地面は地下水で濡れています。鉱山を掘るときに一番大変なのは地下水対策だと分かります。

トロッコの線路がまだ残っています。

 

 

 

 案内人が明延鉱山の歴史などを説明します。

この鉱山は今から1270年前の天平年間に開山されたそうでとても古い鉱山です。

昔は手掘りで掘り薦められていたと聞いて驚きました。

奈良の東大寺の大仏鋳造にも明延産出の銅が献上すると言う言い伝えもあるそうです。

 

 

 

江戸時代の旧堀割跡

当時はノミと石頭ハンマーで掘っていました。

 

 

 

 

地上の光が見えます。

 

 

 

 

 

 明治29年に官営から三菱に払い下げられ、明治42年に錫鉱が発見され日本一の錫の鉱山として発展しました。

銅、鉛、亜鉛も産出。国内有数の鉱山として発展してきた歴史があります。

 

 

 

 明延鉱山周辺の岩石は、二畳紀後期(約一億五千万年前)に、泥、火山灰、溶岩などが固結してできたもので、後の構造運動によって大きく押し曲げられ、多くの割れ目が形成されたそうです。約六千万年前にその割れ目に沿って、同、亜鉛、錫、タングステン、ビスマスなど多く含んだ鉱液が地下深部より上昇し鉱脈を形成したと推定されているそうです。

タモリさんが好きそうな話ですね。

 

 

 明延鉱山の坑道総延長は550キロで東京新大阪間の新幹線の距離に匹敵するそうです。

坑道の平面的広がりは約五キロ。垂直距離は一キロ。鉱脈は130条会って板状にかくにんされているそうです。

案内の方の話では地下へ行くほど気温が熱くなり大変だそうです。

 

 

 

 今ここの鉱山で残っているのは、見学できる一階とその下だけで、もっと地下の18層くらいある部分はもう水没して入れないそうです。地下水を常にくみ上げていないと水没してしまうんですね。

 

 

 

掘削機械など今も残されています。

 

 

 

 

 

 

 

左側の直径約25センチの鉄パイプは、圧縮空気を通して、産業機械を動かしたり、坑道内の送風をしていたそうです。

 

 

 

 

坑内トロッコ

 

エレベータ

 

 

 坑道内は年間平均気温が12度で一定しています。日本酒の熟成に最適なので、幾つかの酒造会社が利用しているそうです。

ここでおいしいお酒ができるのです。

 

 

入口とは別の出口から外に出ます。とても勉強になる明延坑道見学でした。

 

 


 

 

道内は暗くて事故も多かったと思われます。多くのヤマ男たちが活躍して、今日の日本を築き上げてくれたのだと言うお話も聞きました。

 

 

 

坑道口の上に神棚があります。やはり何よりも安全を祈願していたのでしょう。

 

 

 バスで先ほどの催し会場に戻り、廃坑になるまで活躍していた列車(一円で乗れたので一円電車と言う名前)に乗りました。

これは1945年に鉱山従業員の通勤用に運行を開始した電車だそうです。秋の部鉱山から神子畑選鉱場まで六キロの間を運行していました。一円電車を最近になって復活させ、短い距離ですが乗れるようになりました。

 

 

 

一円電車の歴史を紙芝居で見せてくれます。

 

 

一円電車

 

 

当時の車輌が走ります。小さくて狭い車両で、窓には格子がはまっています。

 

 

鉄格子が護送車みたい?乗客の安全のためらしいですが・・・

 

 

本格的な踏切もありますよ。奥は駐車場ですね。

 

 

 

また、子供がペダルを漕いで進める乗り物もあります。

 

 

 

 

 

 

今回はすぐにポーランドコーナーに飛びます。

 

 タルノフスキェ・グルィ銀山跡(世界遺産)を見学した時の様子を載せましょう。

日本でもポーランドでも地下鉱山ばかり行っているんかと言われそうですが・・・(このほか岩塩抗も行きました。それは別の機会に)

この鉱山について詳しく知りたい方はこちらをクリック

 

 

 

 鉱山に付き物の鉄道がこちらも展示。これは坑内トロッコではなく、採れた鉱石を運ぶためだったと思われます。

電気ではなく蒸気機関車で牽引する列車。

 

 

 

 こちらでもレールを敷き、貨車にのれるようにしていて、しかも踏切までありますね。

ただしこちらはミニ鉄道。

文化も人種も異なる人が同じことをしているのは興味深い。

 

 

 

 中の様子。こちらは深い所へ降りて行きます。

ヘルメットを借りて、案内人に連れられて進みます。

 

 

 

こちらは見学者がとても多くて、幾組ものグループが回っていました。

プーチンに似た顔の人が案内してくれました。

 

 

 

銀山なので錫・銅山とは違いますが、坑道の雰囲気は同じ。

 

 

 

やはり地下水でべちゃべちゃしていますね。レール跡も見えます。

 

 

 

 

採鉱当時の様子。奥にトロッコが見えます。

 

 

 

 

ここも、とても過酷な作業現場だったと思われます。

 

 

 

 

やはりここにもあります。神様に安全祈願をする場所が。

 

タルノフスキェ・グルィ銀山跡見物で他と違うのは、小さな水路をボートに乗って行く事です。

 

 

 

 

テーマパークより面白くワクワクします。

 

 

 

私は狭い場所が苦手なのですが、スリルがあって面白かったです。

 

 

 皆さんももしポーランドへ行かれたら是非タルノフスキェ・グルィ銀山跡へ行ってみてくださいね。

 

 

こんな天井の低い箇所もあります。

 

スズメバチの巣が撤去されました

  • 2019.09.24 Tuesday
  • 11:18

 つい先日、北隣の空き家の大きなスズメバチの巣が撤去されました。

家の持ち主の親族の男性と業者さんがやってきて、一時間ほどで巣は屋根から撤去されました。

 

 

巣が撤去される前。下の方に登る梯子が見えます。

業者さんは高齢の方ともう少し若い方の二人で来られました。

 

 

 

 

撤去中は、防護服を着ていないので怖くて庭に出ませんでしたが、作業が終わると、大屋根はすっきりしていました。

 

 

 

 

北隣の家の門扉のそばに取った巣が置いてありました。すごく大きいのでビックリ。

袋の中でまだ動いている蜂が見えます。白いのは蜂の卵。

 

 

 

 

 とにかく巣がなくなってほっとしました。

ただ、昼間に取り除いたため、出かけていた蜂が夕方戻ってきてしばらくぶんぶん飛び回っていました。

今も一匹、飛び回っています。

 

 

 先日大阪天王寺公園へ行きました。

入るとドイツビールフェアをやっていました。

 

 

 

このヴァイエンステファンビールは1000年前からあるそうです。世界最古の醸造所だそうです。

 

 

 

 茶臼山への赤い橋を渡ります。

 

 

 

 

 

橋から河底池を望む

 

 

 

うっそうと木々の茂る茶臼山

 

 

 茶臼山は小さい山ですが大坂夏の陣の合戦場でした。

真田由紀村本陣跡の石碑もあります。

 

 

 

 河底池の茶臼山と反対の側に慶沢園があります。

池泉回遊式庭園です。大都会の真ん中にあるのに静かで美しい。

 

 

 

池にサギがいました。

 

 

サギは絵になりますねえ・・・・

 

 

しかしこのサギ君、なんか落ち着きなく動き回っていました。

 

 

 

 もう一羽の別のサギがこの池に来ようとしていたのです。

このサギ君はそいつを追っ払いました。

その後、羽を広げて威嚇を続けていました。油断しているとテリトリーを取られてしまうようです。

 

 

 

 

 

公園内から,アベノハルカスが見えます。

 

 

 

 

池の端の百日紅

 

 

駅まで歩く途中、ハリボテの大阪城?がありました。大阪らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

ポーランド旅行コーナーです。

 ポーランドのトルンという世界遺産の町の街角には興味深い像、モニュメントが多数置いてあります。

 

トルンの町で見たジンジャーブレッドを売る中世の若い女性

ジンジャーブレッドはポーランド語でピェルニキと言い、トルン名物です。

とてもおいしいお菓子で、我々はたくさんお土産に買って帰りました。

 

 

 

この女性のスカートにまとわりついている子犬がキュート!

おいらにも、ピェルニキおくれよ!って言っているんでしょうね。

みんながよくなでなでするのでしょう。子犬の頭や背中が金色になっています。

 

 

 

 

これは一見、愛らしいロバです。

背中に座ると痛そうなヘリ?と言うか刃のようなものが出っ張っています。

 

 

 

ロバの像に人が座らないようにわざとそんなものが付けてあるのかと思ったら違いました。

帰国してネットで調べると、これは中世にあった拷問器具で罪人は背中に刃が付いたロバに乗らされたそうです。

痛かったろうなあ・・・そういえばロバが暗い表情です・・・

 

 

 

このカエルは噴水のカエルさん。

 

 

 

カエルはたくさんいます。カエルをなでると、幸せになるそうで、皆さんがなでまわしたのか金ぴかに光っています。

 

 

 

 噴水の上にヴァイオリンを弾く少年像があります。昔、トルンの町にカエルが大発生して困っていた時に、ある男がヴァイオリンを弾いてカエルを町の外に連れ出したという伝承があるそうです。

 ハーメルンの笛吹き男の伝承を思い出しました。ハーメルンの笛吹き男の物語は結末が恐ろしく、子供時代、紙芝居か何かで見て怖かった記憶があります。笛を吹いて子供をさらいに来る人がいるかもしれないと怖がっていました。

欧州には何か楽器を奏でて、動物や人間の子供を連れ去る事件が昔あったのかも?

 

 

 

 

 これは格別可愛らしいモニュメント!

天国にいる愛犬の花ちゃんにそっくり!思わず花ちゃん!と呼びかけてしまいました。

 

 

 

 しかしこの子犬は花ちゃんではありません。

見た時、多分「あのマンガ」のわんちゃんだろうと思いました。

「あのマンガ」とは、私が大昔、学生時代にポーランドの友達から送ってもらった切り抜きのマンガフィルテクです。

あまりにかわいらしいので、アルバムに貼って保存していました。

これです!

字がなくても全部理解できます。

かわいいおじいちゃんとかわいい子犬のホットなマンガ。日本では全く知られてないのが残念。

このおじいちゃんの丸い帽子とコウモリ傘が、このモニュメントになっています。

 

 

 

 

このモニュメントの説明

あのじいちゃんがいます!わんこの絵がない!

 

 

 

 

 

 

ポーランド人Bさんは、スマホでフィルテクマンガを見せてくれました。

 

 

 

また、ポーランドには、椅子に座る等身大の人のモニュメントが多いです。

皆さん、並んで写真を写しています。

これは玉子売りの少女と並ぶ夫とポーランド人Aさん

 

 

 

 

 

ねこやしきの秋祭り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スズメバチの巣

  • 2019.09.18 Wednesday
  • 22:53

 

 

 

 

 

 今月初め、夫が道の掃除をしていた時、通りかかった近所の人が「お宅の北隣の家の大屋根に大きな蜂の巣がある」と教えてくれました。

 北隣の家は昨年夏から空き家になり、誰もいません。それまで住んでいた女性がちょっと変わっていて、家と家との境界線に高い木々を植えて見えないようにしていました。木だけでなく、大きい葦簀(よしず)やよろい戸をたくさん立てかけていて、こちらからはその家がとても見えにくい状態です。なので蜂の巣に全く気が付きませんでした。

 通報してくれた近所の人の家は、我が家より南にあります。その家からは蜂の巣がよく見えるそうですが、それでも巣が大きくなるまでは全く気づかなかったとのことでした。

 それで驚いて、庭のガレージの上から北隣の大屋根を見てみますと、茂った木々の向こうにはっきりと大きなスズメバチの巣が見えました。

 

 

 

巣をアップしてみると・・・・

 そんなに大きいスズメバチではありませんが、巣の周りにたくさんいます。

ちなみに、夏の時期に、どこかから飛んできたスズメバチを目撃することは珍しくありません。

山間地で、様々な蜂が通り過ぎて行きます。

しかし、そんな近い所にスズメバチの巣があるなんて、話は別です。

 えらいことだと思い、早速北隣の持ち主の娘さんにメールをして知らせました。

昨年末に、持ち主の娘さんが御挨拶に来て、何か家に異変があったら知らせてくださいとメルアドを置いて行ってくれたのです。

娘さんはアメリカ在住なので、簡単にこちらに来ることは出来ないのですが、メルアドのおかげで連絡ができるようになっていました。

持ち主の女性は普通に話も出来ない人だったので、娘さん達も同じようなタイプかもしれないと少々不安でしたが、その方は極めて普通のまともな方でした。

知らせると、早速、友人を通じて駆除業者を手配してくれ、今週末に駆除作業を行うと連絡があり、ほっとしました。

駆除作業には東京にいる末娘のご主人の方が立ち会ってくれるそうです。

 

ほっとしました。

 

 

シソの花

 

 

 

スズメバチがシソの蜜を吸っています。

 

 

 

 

 

庭のヒメトラノオが今花盛り。

 

 

 

庭の苔も花盛り

 

 

 

 

 

 

まだトマトが楽しめそうです。

庭で育ったトマトは味が濃厚でとてもおいしいです。

 

 

でも気温がかなり下がって来たので、庭のキュウリなどはこれで最後かなと思います。

形が少しいびつに育っています。

 

 

 

 

 

 

 

懐メロ歌おう会の伴奏に行きました。

会場付近へ行く前の公園。

 

 

 

木の葉が色付き始めている・・・もう夏は終わったのですね。

 

 

 

歌う会のおやつタイムにポーランド土産の牛乳菓子を持参しました。

クルフカと言う名前のソフトな牛乳から作られたキャラメルみたいな菓子です。

 

 

このキャンディーも持って行きました。

 

 

 

他に日本のお菓子もあり、混ぜてお皿に並べます。

 

 

 

おいしいですが、糖質高いですね・・・いけませんなあ・・・

 

 

 

 懐メロ歌おう会のメンバーの一人のHさんは函館生まれ。数年前娘さんの暮らすこの町に北海道からやってきました。

彼女は、戦前、幼年時代にお父さんの仕事で樺太.大泊(現ロシア・サハリン・ユージノサハリンスク)で暮らしたことがあるそうです。お父さんは早くから「日本は戦争に負ける」と分かっていたそうで、戦争が終わる一年前に北海道に帰ったそうです。その時一緒に帰らなかった人は、そのまま樺太から帰って来られなくなったとのこと。また、当時樺太には朝鮮人もたくさんいて、日本の軍人などに「朝鮮朝鮮」ととてもいじめられていたそうです。朝鮮人達はとても粗末な服装だったそうです。

そういう歴史的なことからも目をそむけてはいけないと感じました。昔から難しい溝があり、現在のややこしい日韓関係にも尾を引いているんですね。

 今もネットで朝鮮・韓国へのひどい中傷が平然とされていて、(国としての態度は確かに首をかしことが多いですが)日本人の民度もたいしたことないなあ、と感心しています。隣国への蔑視、中傷を生きがいとしている人たちの多さに辟易します。(たぶんお互いに)それだけ感心があるということで、どうでもいい対象なら考えもしないはずなのに、常に頭のどこかにそれが住んでいるのでしょうね。

 

 

 

 昨日、ポーランド語の先生のJさんの家に行きました。彼女は、夏休みに息子さんと一か月以上故郷のレジャイスクで過ごしました。

彼女は私へのお土産にポーランドのチョコレートとコップ敷きをくれました。

彼女とは今年の七月に三日間ほどレジャイスクで一緒に過ごし、たいへんお世話になりました。(正確に言うと、彼女の親戚に世話になった)

 彼女は「ポーランド旅行どうだった?」と聞きますので、

「とても楽しかったよ。食べ物はみなおいしいし、どこもきれいだし、治安もいいし」と答えますとJさん、眉をしかめて

「行く前は飛行機が落ちないかとか、お腹を壊さないかとか、一緒に行くポーランド人夫妻と喧嘩しないかとか、たくさん心配ばかりしていたのに」と言っていました。

そう言えば、行く前にああだこうだと騒いでいたのを思い出しました。心配不安の種だらけで恐れていたのです。

しかし・・・みな取りこし苦労で、心配していたことは起こらず、やはり「案ずるより産むがやすし」のことわざ通りです。

 

 Jさんは私の夫がとても気に入ったと言っています。

「言葉が分からないのに、皆ととても楽しそうにお酒を飲んだり、皆を笑わせたり、楽しい人だ」と。

確かに、夫はポーランドで皆に溶け込み、どこでも自分の国のようにリラックスしていました。帰宅して、このことを夫に話すと「皆さんと一緒にいるのがとても楽しかったから」と言っていました。

 夫は気が小さくて慎重でややこしいところもあるのですが、対人関係はとても柔軟でユーモラス。人に好かれやすい長所を持っています。私は反対で、内向的で人に慣れるのに時間がかかるタイプ。今回の旅も夫が明るく皆さんと接するので、私は言葉の面で(Kさん夫妻とは主に下手なロシア語で話して)なんとか意思の疎通を図ることにがんばり、まあ二人で一人前?な旅を楽しめたと思います。

 今回の旅行は、ツアー旅行ではなく、ポーランド人夫妻と四人で車で回るという普通ではない恵まれた旅でした。

その夫妻だけでなく、私のポーランド語の先生の親戚(八年前に来日した時に、奈良を案内した人たち)や他に地元の友人知人がいたので、どこでも家に招かれ、とても手厚いおもてなしを受けたのでした。

 こんなぜいたくな旅はないだろうと感謝しております。

 そしてどこも美しく、食べ物はおいしく(量が多いけれど)夫婦共々ますますのポーランドファンになって帰国したのでした。

 

 今でも友人B夫妻が一緒に車で長時間、案内してくれたことが不思議です。なかなかそこまで親切にしてくれる人はいないからです。本当に親切で心温かい人たちです。

Jさんは「日本人はぜったいにそんなことしない」と断言していますが、ちょっとそれは断定し過ぎ。

「いろんな日本人がいるからそんなこと断定はできない」と言いました。またポーランド人も、皆がBさん夫妻のようなことが出来るとも思いません。

Jさんはいつもなんでも黒白、断定したがりますが、彼女もすべての日本人を知っているわけではありません。

人生の中で自分が接する人間の数なんてほんの僅かです。

 人はその狭い世界の中で知ったこと、経験したことを全てだと見なす傾向がありますが、もっと広い目で見たいものです。

 

 

 

 ↓レジャイスクでR家でバーベキューパーティーに招かれました。まさかポーランドでキャンプファイヤーのような体験が出来るなんて!

真っ暗でさむかったけれど、美しい星空が見え、忘れられないサプライズ体験でした。

 

 

 

 

 

 

このお宅は奥に細長い広大な土地を持っていて、養蜂箱の中で蜂を育てて蜜を取っています。

 

 

 

 

その家には可愛らしいトラネコの赤ちゃんが二匹いました。

 

 

名前を聞きましたが、難しい名前で忘れてしまいました。

 

 

広い庭で伸び伸び過ごせる子ネコさん

 

 

エサをもらっているところ

  

 

 

 このお宅には日本で言うあずまやのようなスペースが庭に有り、庭で食事をしたりお茶を飲んで皆で楽しく笑って話したりします。お金をかけずにゆったりと楽しむ時間です。

 

 

ケシの実のケーキなどが並びます。糖質高いなあ・・・・でもおいしい。

 ここの人たちは今現在広々とした自然の中で自由で楽しい時間を持っていると感じました。

日本はそうではないと言っているのではないですよ。

山ばかりの島国で平地が少ない日本では、どうしても居住スペースが狭くなります。でもその中でまた違う楽しみ方を持っていると思います。どちらが良いとか劣っているとか言う話ではありません。

 他国に幾度も侵略され苦しい時代を経てきたポーランド人と四方を海に囲まれているお蔭で他国からの侵入から守られてきた日本人とは全く違う歴史を持っていることも考慮しなければなりません。

 でもJさんには日本人は不自由で楽しんでないように見えるようです。日本人のしていることに不満があるようです。

 それぞれ学ぶべき点はあると思いますが、楽しみ方や発想が違います。

 

自分の物差しでは、違った文化を計れないのです。

「みんな違ってみんないい。We are all different and that’s what makes us wonderful.」という金子みすゞの詩心が大切。

 私はこの旅行でポーランドの素晴らしさを知ったと同時に日本の素晴らしさも帰国して実感しています。

 ポーランド旅行についてはまた少しずつ載せます。

 

 

 

 

毎日雨模様

  • 2019.08.29 Thursday
  • 22:38

 管理人の暮らす地域も、毎日雨模様です。九州地方は大変な被害ですね。

最近の雨はしつこくて、規模が大きくなっています。異常気象かもしれません。

 

 天国にいる愛犬の写真が、ポスターに載りました!左上の走っているわんこです。

 

 

 

動物の写真展に毎年応募しています。

完全に飼い主おバカですが・・・もう天国にいるのに、写真で出演しています。

 

 

 

他にいろいろな子達が出ています。

 

 

 

 

庭のササユリが満開です。

 

 

 

先日、お手伝いしている作業所で、毎年恒例の流しソーメン大会が開かれました。

 

 

 

 

トユに流すのは、ソーメンだけでなく、ミニトマトや、お楽しみお菓子の入った船も流します。

船の準備をしているところ。全員の名前を入れる作業。

 

 

 

流れてきたトマトやキャンディーなどを受け取る金魚すくい用のポイも名前を書いて揃えます。

でもこれすぐに破れて、すくいにくいんですよね。

 

 

 

 

ソーメンの具の準備。ネギ、ミョウガ、キュウリ、ショウが、シイタケの甘辛煮、錦糸卵など。

出汁は、鰹節や昆布で長く煮て作ります。本当に美味しいおソーメンです。

 

 

 

 

 

夏の終わりの楽しいひと時でした。

 

 

 

 

 

ポーランドの旅の写真を載せます。

トルンの町へ行きました。

トルンはコペルニクスが生まれた町で有名。また、旧市街は世界遺産に指定されている美しい町です。

 

 

 

町を歩きながら「なぜこんなヨーロッパの町を自分は歩いているのだろう?」と不思議で信じられませんでした。

実際に見ると聞くのでは大違いです。

 

 

 

トルン名物のお菓子ピェルニク(ジンジャーブレッド)作りに参加しました。

 

 

 

粘土みたいな生地が配られ、麺棒で伸ばします。

 

 

 

 

何度も伸ばし直します。

 

 

 

 

型に入れて形を取ります。

 

 

 

 

型が取れたら取り出します。

 

 

 

 

周囲のいらない部分を切り取ります。

 

 

いろいろな型があります。

 

 

 

焼きあがるまで、館内でピェルニクの歴史を学ぶようになっています。

このお菓子は中世から有るそうです。

 

 

型を作る職人

 

 

 

 

昔のピェルニキの売店

 

 

出来上がりました。良い記念になります。(ただしこれは食べられません)

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

八月になりました

  • 2019.08.14 Wednesday
  • 10:45

 八月に入り、暑さが厳しい毎日です。

 

 八月に入り、庭にはソバナとフシグロセンノウが咲きました。両方とも、軽井沢から採取して育てている花です。

 

 

 

 

ギボウシ

 

 

昨年、南光ひまわり畑でいただいてきた種をまいて育ったひまわり。

 

 

 

カサブランカ

 

 

 

トマトも実っていました。

 

七月はほとんど留守にしていました。なので、庭の植物はみな干上がってしまっているだろうと心配しておりましたが、雨が続いたそうで、みな生き生きしていたので驚きました。

 

実は七月は、三週間、夫婦でポーランドへ行っていたのです。

 

 二人だけの旅ではなく、ずうっと一緒に案内してくれた、ポーランド人Bさん夫妻のおかげで、とても楽しい素晴らしい旅をすることができました。

 旅の全部は書ききれませんので、少しずつエピソードを紹介していけたらと思います。

 

 さて、

夫婦ともども、海外旅行慣れしていませんし、英語もよく話せないので、成田からワルシャワへの直行便で行きました。

その名もLOTポーランド航空。機種はドリームライナー。ボーイング787.

 

 ちなみに、この飛行機の尾翼に描かれているロゴマークは、ポーランド航空が設立された1929年から1930年の変わり目の頃にタデウシ・グロノフスキと言うグラフィックデザイナーが考案したらしいです。デフォルメされた鳥のようですね。コウノトリかな?

 

 このロゴは、ポーランドの航空便シールにも使われていました。向こうから届く航空便には必ず貼られていたので、私にはなじみ深いマークです。

 

 

 成田からワルシャワまで十一時間半ほどかかります。

飛行機の中は、ポーランド語挨拶で始まり、そこはもうポーランドでした。

お客さんは日本人以外に、ポーランド人らしき人や、乗り換えの人などいたようです。

 

 

 

 

機内食はとてもおいしかったです。和風と洋風から選べます。

 

 

降りる前の食事(これは選べません)おそばがついていて美味。

 

 

 日本時間朝の十時半頃出発で、ワルシャワに着くのは向こうの時間で昼の二時半頃。

ずっと太陽を追いかける飛行でしたが、最初の食事が出てから、昼寝をして目が覚めたら機内は真っ暗でした。

どうしたんだ?もう日が暮れたのか?そんなはずない、まだ昼過ぎなのに?と慌てました。

見ると、窓が暗くなっているだけ。外は明るそうです。

そういえばこの飛行機の窓には遮光シェードがありません。窓ガラスが薄くなったり濃くなったりする電子カーテンらしい。

 電子カーテン窓は、お客さん一人一人が窓下のスイッチで操作して、暗さを調節できます。

自分だけ外を見たかったら見ることが出来たかもしれませんが、、機内全体が真っ暗なので自分たちだけ窓を明るくはしにくい感じ。

 周りのお客さんは毛布かぶって爆睡しているようです。しかしよく見ると、中にはライトを照らして読書中の人や、モニターで映画を見ている人もけっこういます。

夫の話では、「突然全部の窓が暗くなった」そうで、たぶん乗務員の操作だろうと言うことでした。

ご飯が済んだら、「とにかく皆さんさっさと寝てください」ということらしい。

 

 暗い中、私はモニターでどこを飛んでいるか見たり、宇宙船事故のロシア映画を見たり(飛行機の中で見るとスリル満点)寝たりしながら時間を過ごしました。

 

 

 ワルシャワに着いたのは日本時間午後九時半くらいでしたが、現地では午後二時半。真昼間です。

最近では珍しい?タラップで飛行機を後にしました。

 

飛行機の話ばかりではないかと叱られそうですね。続きはまた。

 

 

 

 

 

 

 

 気流のせいか、確かにあまり揺れない飛行機でした。

ワルシャワに発つ前日、成田まで乗った国内線日航機の離陸は上に上がるまでガタガタしていたので、

そんなもんかと思っていましたら・・・

LOTの離陸はとてもスムーズで静かだったので驚きました。操縦がうまいのか、飛行機の質?なのか

気流のせいなのかは分かりませんが・・・

ワルシャワに着くまでに、幾度も警告音が鳴り、CAさんが日本語で「乱気流に入ります、シートベルトを」なんちゃら放送していましたが、どこが乱気流?と言うほど、静かでした。バス並みにガタガタしてはいましたが一分ほどで収まるのです。

 運が良かったのだとも思います。十代の頃、親と一緒にシベリアの上をソ連アエロフロートの飛行機で飛んだことがありますが、その時も飛行機自体は、天井から水が垂れたり、狭苦しかったり、機内食がまずかったり、離着陸のたびに爆発するのではないかと思うほど大爆音が響き、気圧が変で耳が痛かったりとありましたが、ほとんど揺れなかったからです。

 そして窓からはシベリアの大地と河川が見えて、景色は素晴らしかったです。今回もそれを見るのが楽しみでしたが、窓が薄暗くなっているし、トイレに立った時に、通路の透明窓を覗きましたが、雲が多くて、大地は見えませんでした。

 ちなみに夫は宇宙人の出る映画を見て楽しんでいたようでした。

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